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福岡100ラボmeet up!第7回『チア(応援)を活用して介護・医療施設等の現場職員のウェルビーイングを向上したい!』イベントレポート
掲載日: 2025/03/13

「福岡100ラボ」は、人生100年時代を見据え、何歳でもチャレンジできる未来のまちづくりプロジェクト「福岡100」を産学官民オール福岡で推進していくための共創の場です。共創プラットフォームとしてリニューアル後初となる「福岡100ラボmeet up!」では、福岡市とMIKI・ファニット社で取り組んだ「チア(応援)を活用した介護職員のWell-being向上共同事業」について、実施報告と意見交換がなされました。

〈登壇者一覧〉
・株式会社MIKI・ファニット 代表 古庄 美樹 氏
・社会福祉法人 さわら福祉会 介護付き有料老人ホーム マナハウス2番館 管理者 大坂 健史 氏
・九州大学大学院 芸術工学研究院 教授、博士(芸術工学) 平井 康之 氏
・株式会社プロデュース 代表取締役 中原 亜希子 氏
・ファシリテーター 株式会社MIKI・ファニット アドバイザー 西 隆行氏

(目次)
楽しく動いて体の機能も改善する運動
相互応援によって健康経営を支える
スタッフも家族も安心できる環境づくり
「応援」を仕組み化して効果を上げる
障がいの先にある熱い想いをデザインする
「チアLife」を通じた人材育成


















楽しく動いて体の機能も改善する運動





株式会社MIKI・ファニット 古庄(以下 古庄):まず私から事業全体のアウトラインをご説明します。今回の共同事業は、昨年10月に介護付き有料老人ホーム「マナハウス2番館」さんにて、弊社独自のプログラム「チアLife」を実施させていただいたものです。本事業の前段階から関わってくださったのが株式会社プロデュースの運営するグループホーム「きらめき」さんで、その後完成した改善プログラムも同所で実施しました。そして私は会社代表であると同時に、社会人学生として九州大学大学院の平井先生の元で学んでおりまして、インクルーシブデザインの観点から平井先生にも専門的なアドバイスをいただきました。









弊社では人生100年時代を見据えた運動スクールを運営しています。チアダンスのクラスには2歳児から87歳までが在籍しており、イベントにはみんなで一緒に参加します。想像してみてください。年齢差85歳です。こんなチームは他にはなかなかないと思います。その中でシニア向けのチアダンスとして展開しているのが「グランチア」です。特徴は、その場ですぐにやれるということ。何となく楽しく動いているうちに、気づいたら体の機能も改善しているような運動を意識してやっております。メンバーさんの中には病気を抱えていたり、身内の介護をしながら参加されていたりと、人生に何かしらの変化を求めている方がたくさんいらっしゃいます。そうした方々が「グランチア」に取り組むことで、とても元気に、綺麗になられていく姿をこれまで見てきました。





私自身も0歳と1歳の年子を抱え、子育てに追われてモヤモヤしていた時期がありました。こんなことならちょっと社会に出てみようと、公民館の高齢者交流サロンにボランティアとして参加するようになり、そこからデイサービスで運動指導をしたり、看護学校で講師をしたり、NHKや新聞の健康コーナーも長く担当させていただきました。





「グランチア」を始めて間もない頃、介護施設を会場にしたことがあったのですが、気づいたらメンバーさんよりも利用者さんの取り巻きの方が多くなっていたんですね。そこで一緒にポンポンを持っていただいて「ワー!」とやってみたところ、施設のスタッフさんたちの表情が変わりました。利用者さんが楽しそうにされているのを、スタッフさんがニコニコしながら眺めていらっしゃるんですね。その様子を見た施設長が、普段とは違うスタッフさんの様子に驚いて、私にこっそり「いつもはこんな人じゃないのに……」とおっしゃったことが、今回の事業のヒントになりました。


















相互応援によって健康経営を支える





古庄:2060年には、日本は世界一の超超高齢社会になると言われています。また認知症と軽度認知障害の方の数を合わせると、小学生以下の人口とほぼ同じになると予測されています。認知症は誰にとっても身近な存在で、認知症の方たちがいるのが当たり前な社会を考えていかなければいけないということを、私自身も「福岡市認知症フレンドリーセンター」で学ばせていただきました。





ここで出てくるキーワードが「健康経営」です。人口が減っていく中、業務に携わってくれる人をどう増やすか。人を募集することはもちろんですが、企業としては今いる大事なスタッフに長く働いてもらうことも考えなければいけません。そこで注目したいのが、介護事業における労働災害です。今は介護する側の年齢も上がってきており、10年前に比べると労働災害が約2倍に増えているそうです。そのうち腰痛と転倒が8割を占め、ほとんどが介助作業の初動で起こると言われています。ということは、利用者さんにも何かが起こるということですよね。また現場からは「離職が多くて新規採用が難しい(施設長)」「業務が忙しすぎる(スタッフ)」「スタッフさんが忙しそうで話しかけづらい(利用者)」といった声も上がっています。





私たちは、こうした方々をもっと笑顔に変えたいのです。赤ちゃんにいないいないばあをすると笑顔になりますよね。これは脳のミラーニューロンという神経細胞が働いて表情が写るからだそうです。そして表情が変わると気持ちも変わると言われています。保育士や介護・医療従事者などの対人援助職の先には、もう1人の人間がいます。そういう職種の方々が元気なフリをしたり、無理して頑張り続けるのではなく、心から楽しめるようにしたいと考えて生まれたのが、働く人のウェルビーイングを応援する健康経営プログラム「チアLife」です。特徴は「チアのエンタメ性」「カタリスト役割導入」「共通化による相互応援」なのですが、何のこっちゃ?ですよね。





ではみなさん、足元のビニール袋を膝の上に置いていただいて、まずは両手をブラブラ振ってください。トイレに入ったけどハンカチを持っていなかったと想像して、隣の人に水気を飛ばすような気持ちで。では袋を手に持って、同じように振ってください。あの時こうしておけばよかったなど、日常生活のことを思い出して、その思いをぶつけながら振ってみましょう。せっかくだから小さく声を出してやってみましょうか。「アー」。次はもうちょっと元気よく!「アー!」。はい、めっちゃうるさく!「アー!!」。ではこのまま反対の手に持ち替えていただいて、上で振ってみましょう。「イエーイ」。もっと大きな声で!「イエーイ!」。声が小さいですよ!もっと大きく頑張れ!「イエーイ!!」。









次にポンポンを持って振ってみましょう。大きく頑張れ!「イエーイ!!」。はい!「チャチャチャ!チャチャチャ!チャチャチャチャチャチャチャ!チャチャチャ!チャチャチャ!チャチャチャチャチャチャチャ!」。ではあえて隣の人の顔の前で振ってみましょう!「イエーイ!」。









みなさんありがとうございました。以前、こうしてポンポンを持って踊っていただいた時に「久しぶりにこんなに笑った!喋った!家では電子レンジとしか喋らん」とおっしゃる方がいらっしゃいました。今は独り暮らしの方が増えています。自分だけでやるのではなく、こんな風に誰かと「イエーイ!」と言いながらやった方が楽しいですよね。わざと顔の前でチラチラしたりして、ちょっと人に迷惑をかけるぐらいがちょうどいいんです。





今、みなさんに見ていただいたのが「チアLife」の特徴の1つである「チアのエンタメ性」です。思わず気持ちが弾むんですね。実際に、「イエーイ!」とやっているうちに肩が上がるようになったり、音楽に合わせて「チャチャチャ!」とやっていると立ち上がる人が続出することもあります。





2つ目の特徴である「カタリスト役割導入」というのは、今私がやった役割です。カタリストとは「触媒」のこと。「高血圧になるから運動してくださいね」と言われるよりも、楽しくて思わずやっていたら体が動いたという運動の方がいいと思いませんか?なので、みなさんを盛り上げるチア・カタリストの役割も重要です。





まず、国の令和5年度エイジフレンドリー補助金を受けて「きらめき」さんでプレ調査を行わせていただきました。その中で現場のスタッフさんから、シフトの関係でなかなか時間が取りづらいという声が上がりました。そこで、もともと施設のスケジュールに入っている利用者さんの体操の時間にスタッフさんの運動を組み込むことで時間を短縮し、利用者さんにスタッフさんを応援していただくという付加価値をつけました。これが3つ目の特徴である「共通化による相互応援」です。これによって、健康づくりはもちろんのこと、スタッフさんには「あの利用者さんがあんなに楽しそうにしてくれて幸せだな」「私はやっぱりこの仕事が好きだな」と前向きな気持ちになるきっかけを与えることができ、利用者さんには「応援する」という役割を持っていただくことができます。





そうした経緯を経て、今回福岡市との共同事業として「マナハウス2番館」さんで2回のプログラムを実施させていただきました。内容としては、まず15分間、このプログラムの目的や意義についてみなさんにお話しして、その後30分間、先程のようにチア・カタリストが間に入って一緒に動くというプログラムです。





参加者にアンケート調査を行ったところ、特に「気分向上」と「共有の楽しさ」を感じた方が多く、参加者の約80%がまたやりたいと答えてくださいました。また自由記述では「いつもは接点のない利用者やスタッフとの交流が刺激的だった」「応援をもらって恥ずかしさを忘れてできた」「利用者の普段以上の動きや楽しむ姿が見られた」などの声をいただきました。ある認知症の利用者さんは感動のあまり泣き出して、「楽しかった!いやあ、よかった!そうそう、午前中にあの人と話して……」とどんどん話はズレていったのですが(笑)、このイベントをきっかけに午前中の出来事を想起して話が出てくるだけでも、十分大きな効果なのかなと思いました。


















スタッフも家族も安心できる環境づくり





ファシリテーター 株式会社MIKI・ファニット アドバイザー 西(以下 西):共同事業を実施された「マナハウス2番館」の大坂さんは、こうしたプログラムがあるのをご存知でしたか?





マナハウス2番館 大坂(以下 大坂):いえ、知りませんでした。最初、福岡市さんから私の上司に打診があったそうで、突然上司から「やるよ」と言われました。「やってみる?」ではなく「やるよ」と(笑)。正直大変そうだなと感じましたが、どうせやるならみんなにとって何かしらプラスになるものにしたいと思いました。「マナハウス2番館」は開設して2年足らずで、まだそこまでスタッフと利用者さんの一体感はないんですね。なので、何かを一緒に成し遂げることはいいきっかけになるのではないかと考えました。またレクリエーションや体操のマンネリ化も懸念していたため、いい刺激になるプログラムだと思いました。









西:実施してみていかがでしたか?





大坂:普段私たちケアをする人間は利用者さんを応援する側ですが、今回は自分たちが応援してもらう側になるというのが新鮮でした。また、認知症の方にとっても簡単なんですよ。いつもだと1つずつ説明しても指示が通らなかったり、理解していただけないことも多いのですが、「今から頑張るけん、これを持って応援して!」とお願いすると、応援してくれるんですよね。「応援する」ということはわかりやすい行為ですし、プログラムのおかげで利用者さんの表情もすごくよくなりました。1回目は手探りなところもありましたが、2回目は私たちもだいぶ要領を得ましたね。中には1回目のことを覚えている利用者さんもいらっしゃって、「この前のあれやね。よし、やってやろう」と前向きに捉えて取り組んでくれました。





古庄:実は最終形にいたるまで、何度もデザインをやり替えたんです。例えば利用者さんと一緒にやるとどうしてもスタッフさんがサポートする側に回りがちなので、横につくのではなく前に出て来てくださいと促します。そうすると視線が恥ずかしい方もおられるので、チア・カタリストが間に入ったり位置をシャッフルしたり、「コンサート会場の推し活をイメージして、『純烈』になったつもりで動いてください!」とか言うんですけど(笑)、そういうのが嫌な方もいらっしゃるんですね。そこで平井先生に相談したところ、「このプログラムをなぜやるのか、自分の役割は何なのかをきちんと落とし込めていますか?」と。要はマインドセットの問題ということですね。そこで2回目に関しては、15分間の短い時間で本事業の目的を伝えられる資料を作成しました。1枚の紙にまとめて言葉もなるべく簡潔に。当初、説明用の映像も用意していたのですが、さらに短い1分半程度のものに作り直しました。





スタッフさんには「利用者さんがいきいきしていたらみなさんも嬉しいですよね。そしてみなさんが元気であることはもちろんですが、利用者さんにも役割を持ってほしいんです。みなさんがしっかり前で運動して、それを応援するという役割を持つことで得られる何かがあると思うので、ご協力していただけますか?」とお伝えしました。そして利用者さんには「今、介護の仕事中に怪我をされてしまう人が結構多いらしいんですよ。だからスタッフさんに体操をしてもらうんですけど、人間って面倒くさがるじゃないですか。だから応援してもらわないとなかなか難しいんです。子育てをされているスタッフさんもいるし、きっとそのお子さんはお母さんに元気な顔で家に帰って来てほしいですよね。みなさんの応援で変わるはずです。なので、ちょっとお手伝いしてもらえませんか?」とお話ししました。









もう1つ、私がどうしてもやりたかったのが、プログラムの様子を利用者さんのご家族にも見ていただくことです。私が看護学校の講師をしていた時、介護施設で働きながら学びに来ている生徒さんがいたのですが、その子が「私が働いている施設にうちの親は絶対入れない」と言ったんですね。それを聞いて、社長の立場としてドキッとしました。その言葉の裏に何があるかは想像できますよね。自分の身内を預けたいと思えるくらい、働いているスタッフもご家族も安心できるような環境づくりをしなければいけない。そのために、この取り組みを利用者さんのご家族に見ていただくことには意味があると思いました。





そこで「きらめき」さんで改善プログラムを実施した際には、ご家族にもご参加いただいて、現地に来られない方にはオンラインで見ていただきました。広島から遠隔で参加された息子さんがいらっしゃったのですが、日頃はお母さまが心配なあまり、スタッフさんに対して電話口で少し強い口調になられることもあったそうです。当日、お母さまも「息子さんですか?」と尋ねると「私には息子はおらん」なんておっしゃっていたんですね。そんな中、別の利用者さんが「あそこでビデオば回しようのはうちの息子やもんね!」と嬉しそうにおっしゃいました。まさに大人の授業参観です。見る方も見られる方も嬉しいんですよね。そうしてプログラムが進んでいくにつれて、そのお母さまが息子さんの写っている画面を見て「あれはうちの息子」とおっしゃったんです。そして終了後に息子さんが、「母のこんな姿が見られてよかったです。日頃頑張ってくださっているスタッフのみなさんのおかげです。ありがとうございます」とおっしゃいました。あの瞬間、私はこのプログラムの意義をすごく感じました。





「利他」というのは、我慢して人のためにやるんじゃなくて、人のために何かをしていたら自分もいつの間にか幸せになって、無理なくずっと続けていけるような継続的な相互のウェルビーイングだと思います。このプログラムは私たちだけの力ではなく、利用者さん、スタッフさん、専門家、ケアマネージャーさんなど、多くの方々のご意見を聞きながら一緒に作り上げたものです。ここからさらに進化させていきたいと思っています。


















「応援」を仕組み化して効果を上げる





西:こうした事業を行う際、どうしても課題になるのが資金面ですが、「きらめき」の中原さんはどのように捉えていらっしゃいますか?





株式会社プロデュース 中原(以下 中原):そもそも「きらめき」で「チアLife」を取り入れることになったのも、エイジフレンドリー補助金の存在があったからです。ただ1年間実施してみて、すごく効果が感じられたんですね。1年目は50万円の補助金に自費で50万円をプラスして実施したのですが、補助金なしでも継続することに決めて、今2年目に入りました。





1年目はスタッフだけの参加でしたが、2年目は相互応援のプログラムを追加して、利用者さんやご家族にも参加していただいています。弊社には8つの事業所があり、130名の従業員がいるので、いろんな事業所から10名ずつくらいシャッフルして集まってもらい、座学なども含めてみんなで形にしていくことをやっています。うちの最高齢のスタッフさんは82歳なのですが、コロナをきっかけにzoomの操作も全員できるようになったので、オンラインでの交流もスムーズです。事業所間の情報共有も週1で行っています。





西:1年目と2年目で、スタッフさんの変化は感じますか?





中原:1年間やってみて、思った以上に事業所を超えた一体感や助け合いの雰囲気が生まれました。そこで仕組み化した方がより高い効果が得られると考えて、2024年度の社長方針を「応援」にしました。利用者さん、ご家族、自分自身、スタッフ同士を応援する仕組みにして、目的と自社の理念を繋げることで、みなさんの腹落ち度合いが深まったと思います。事業所間で「レッツゴー」と言ったら「ポンポン」という合言葉が生まれたくらいです(笑)。共通言語、共通体験、共通認識が深まって共通ビジョンにつながっていくことが本質的だと思います。ちなみに会社の経営理念は「明るい挨拶 元気な会社」です。スタッフの子連れ出勤も推奨していて、昨年「健康経営優良法人2024 ブライト500」にも認定されました。









西:全てが連動しているんですね。離職率も低いのでしょうか?





中原:低いです。実は10年くらい前に介護人材不足を見越していろんな新しい取り組みをしたのですが、その時に抵抗があって辞めてしまったスタッフも、今また戻って来てくれているんですよね。だから、やってきたことはやっぱり間違っていなかったんだなと思います。


















障がいの先にある熱い想いをデザインする





西:平井先生は、ご専門であるインクルーシブデザインの観点から見て「チアLife」のプログラムをどう思いますか?





九州大学大学院 平井(以下 平井):面白い取り組みだと思います。そもそもインクルーシブデザインとは、これまでに除外されてきた人を包含して一緒に考えていこうというものなので、「チアLife」と親和性が高いと思います。





インクルーシブデザインの特徴で「チアLife」にも生かされている点は、大きく3つあると思っています。まず1つが、最初から当事者と共創している点です。インクルーシブデザインは誰か一人のデザイナーがデザインをするのではなく、参加者全員がクリエイティブに一緒に作っていくものです。「チアLife」もまさに同じことを実践されていると思います。





一般的にデザインというと、ファッションや車のデザインなどを思い浮かべる方が多いと思います。
それらは、かっこいいものを作るという造形のデザインです。でも同時に、インターネットの普及が進み始めた2000年頃から、「モノ」ではなく「コト」のデザインという言葉が使われ始めました。形のない、サービスのデザインですね。そこから、それまでの造形のデザインではなく、高齢者や障がいを持った方などの多様な生活者や様々な専門家と一緒にサービスを共創するデザインとしてインクルーシブデザインが生まれました。今では行政のデザインやデジタルツールなど、どんどん幅が広がっています。





2つ目がアスピレーション(熱い想い)です。インクルーシブデザインではよくこの言葉を使いますが、「チアLife」のデザインにおいても非常に大事な部分です。ロジャー・コールマンさんというイギリスの大学教授がいます。彼はインクルーシブデザインの父と呼ばれているのですが、若い頃、友人で車椅子利用者のレイチェルさんからキッチンの改装を頼まれました。ロジャーさんは車椅子でアクセスしやすいキッチンをデザインすればいいと思ったのですが、レイチェルさんは「それは当然のことで、他人が羨むデザインにしてほしい」と言いました。それでロジャーさんはハッとしたわけですね。単に機能的な解決をするだけではなく、感情的な部分をどうデザインで解決するか。これがインクルーシブデザインをスタートする上でのポイントになります。障がいにはさまざまな定義がありますが、その先にあるユーザーの熱い想いを解決するデザインを作らなければいけないということです。「チアLife」はその観点に踏み込んでいると思います。





「チアLife」との比較事例として、我々の研究室では、北九州に本社のある介護施設「さわやか倶楽部」さんと一緒に「ライフマップ」というプロジェクトに取り組んでいます。最初の調査から、施設入居後に、当事者が疎外感を感じやすいということがわかりました。介護施設に入居する際にはケアプランを作りますが、体操やゲーム参加などの活動のように、肉体の残存能力の維持が中心であって、これまでの個人の人生に寄り添ったものではないんですね。ケアプランはもちろん重要ですが、同時に入居者さんが実はどんな人で、どんな人生を送ってきたかということを聞き取る必要性を認識し、「ライフマップ」をデザインしました。また「ライフマップ」の中には「何歳でお迎えが来てほしいですか?」という質問を入れていて、それをもとに個人のやりたいことに応えるアクションプランを作成しています。





例えば、「居酒屋のママをしていた頃の自分が一番輝いていた」という88歳の入居者さんがママになって、施設の中に「もいちど」という名のスナックを作りました。チーママがケアマネージャーさんで、お客さんは入居者さんなんですけど、みなさんいつもはジャージなのに、店にはちゃんと正装で来られるんですよ。それでいい雰囲気になって、「酔っぱらったからタクシーを呼んでくれ」なんて言うんですけど、実際にはお酒は出していないし、そこに住んでいるからタクシーも必要ない(笑)。でもそういう言葉が出るくらい楽しまれたということですよね。チーママを務めたケアマネージャーさんも、入居者さんたちと横の関係ができたのでケアしやすくなったとおっしゃっていました。









この「ライフマップ」は、アスピレーションを重視して、感情面でデザインをしていくという意味では、「チアLife」も同じ目標に向かって頑張っているプロジェクトだと思います。しかも「チアLife」は介護する人とされる人のコラボレーションができ上がっているという点において、さらに進んでいると思っています。





そして最後の3つ目が、QOLの心理的側面が充実している点です。QOLには身体、心理、社会、環境の4つの領域があり、身体的改善を意図するプログラムは結構多いのですが、「チアLife」は心理面からケアして身体的効果も向上させるという点が特徴的です。ここがインクルーシブデザインと通じる部分でもあると思います。


















「チアLife」を通じた人材育成





西:「チアLife」の今後の事業化における課題は何でしょうか?





中原:弊社としては、どこに投資していくかという点が課題です。今後ロボットの導入なども検討していく必要がある中で、プログラムの実施にかかる月10万円程度の費用をどう捉えるか。小さな会社ですので、あれもこれもというのはなかなか難しいです。





平井:これから導入する施設に関しては、自分のところでできるのかという不安もあると思います。古庄さんがニコニコして来られても、ミラーニューロンで笑顔になる人もいれば引いてしまう人もいるかもしれない(笑)。まずはトライアルをしてみることが大事ですよね。実際にやってみるとできそうかどうかがわかるし、目的がしっかりわかれば、やらされるのではなく自分からやるようになる。その時に、中原さんのような熱い人が真ん中にいてくださるともっとやりやすいでしょうね。とにかくトライアンドエラーを繰り返すことが大事だと思います。





大坂:スタッフが必要性を感じてくれるかどうかが一番だと思います。私がいくら言っても、何回やっても、スタッフ自身が実感の湧く環境を作ってあげないと必要性は感じてもらえない。全員が全員は難しいと思いますが、できるだけ多くの人に必要性を感じてもらえる方法を考えなければいけないなと、今回の共同事業で感じました。そういう意味では認知度も重要でしょうね。成功例や口コミなどがあって、「こういうことをやっているから見においで」と言ってくれるような場所がたくさんあれば、楽しそうだと思ってもらいやすいのではないでしょうか。





古庄:認知度と言われるとまだまだ弱いんですよね。私は元オリンピック選手でも介護業界のスターでもなく、普通のオバちゃんなので(笑)。これまで新聞やテレビ、今回のこのイベントも含め、自分で企画を持ち込んで積極的に周知活動をしてきましたが、もっと研究事例を増やし、開催頻度を高めて、定期的に盛り上げていく必要があると思います。「きらめき」さんともどのくらいの頻度がベストなのか話し合いながら進めていますが、そうしたことを一緒に考えていけるパートナーを増やしたいですね。









大坂:あと施設側の視点でお話しすると、重度の障がいのある方が多いところには正直あまり向かないプログラムなのかなと個人的には思いました。寝たきりの方や重い認知症の方などは、なかなか反応を見ながらやることができないので難しいのかなと。我々は平均要介護度が2の施設なので、元気な方が多いんですね。認知症があってもコミュニケーションのとれる方が多いので、今回のような相互関係ができたのかなという印象でした。





中原:逆に「きらめき」は重度の認知症に特化していて、よその施設だと難しいような方も来られます。うちでの体験談としては、動くことはできなくても、ものすごく耳で聴いていたり、目の見えない人が立ち上がるようなこともあったので、そうした施設でも得られるものは非常にあるなと思います。





古庄:以前、肢体不自由のお子さんの親御さんに「寝たままにさせずに立たせてくれ」と言われたことがあります。「いつもと違うことをさせたいから先生を呼んだんです」と。中原さんのおっしゃったように、「きらめき」さんでプログラムを実施した時にも、目の見えない方がいらっしゃって、最初は横たわって反応しなかったのですが、気がついたら「チャチャチャチャチャチャチャ」と前に出て来られたんです。





中原:私もその方が動かれるのはあまり見たことがなくて。





古庄:そしたら連鎖的に盛り上がって、子連れ出勤をされているスタッフさんもいたんですけど、大人たちが騒いでいるのを見て、テンションの上がった4歳児がそこを走り回るという(笑)。カオスだなと思うと同時に、私がやりたかったのはこれだったんだなって。家庭での生活の自由度とはまさにこういうことですよね。なので、いろんな方がいらっしゃる中でも実施できるようにプログラムを調整できたら嬉しいなと思います。





中原:いきなり利用者さんと一緒にやるのではなく、まずはスタッフが取り組む姿を見せることも重要ですよね。スタッフのマインドセットができれば、利用者さんも変わってくると思います。





古庄:スタッフさんの意識づけに関しては、まず凝り固まっているところを解きほぐしてあげるのが一番だと思います。「私はここにいていいんだな」という安心感を持てないことには、何も進んでいきませんから。スタッフさんの心が解けて、「さあどうぞ、何でも聞けますよ」という状態にしてからでないと、どんなにいいことを言ったとしても心に届かないんですね。だから体を動かすと早いんです。心がほぐれやすいので。





西:ビジネスモデルという観点では、「チアLife」にはコンサル的な役割もありますよね。しかも現場サイドの状況に則った形で進めるので、かなり面白い仕組みだと思います。





古庄:「チアLife」は主に私と中道というスタッフが担当していますが、やはり2名だけでやっていても限界があるんですね。もっと現場の担い手を増やし、ネットワークを広げて、ジョブローテーションで複数の施設を行き来するなどの動きも必要になってくると思います。もしかしたら、自分の施設では実力を発揮できていなかったスタッフさんが、他の施設では「あなた、すごいね!」と言ってもらえて自信がつくというようなこともあるかもしれない。そのためにも、さまざまな領域の人と連携しながら広げていけたらいいなと思っています。





平井:一緒に踊って応援するといった側面もユニークですが、スタッフの皆さんが、介護や医療など、それぞれの現場で培われたスキルを共有したり、新たなアイデアをともに考える機会がにあることもプログラムの大きな利点ですよね。





古庄:おっしゃる通りで、「チアLife」は単に体を動かすのではなく、人材育成としても取り組んでいるプログラムです。私は介護の専門職ではありませんが、「介護応援士」のような形で貢献できたらいいなと思っています。





西:「人材育成」が今後の大きなキーワードの1つなりそうですね。みなさん、本日はありがとうございました。


















登壇者プロフィール






古庄 美樹  / 株式会社MIKI・ファニット 代表
地域活動から2006年に創業。運動と教育を通し0-100歳のwell-beingを目指す。NHK福岡体操コーナー10年担当、看護・保育科や企業研修での講師、現在、九州大学院で「介護業界のウェルビーイング向上」を研究中。著書『やってみたいを引き出す運動遊び集』他 ※(参考:健康経営支援サービス チアLifeプログラム










大坂 健史 / 社会福祉法人 さわら福祉会 介護付き有料老人ホーム マナハウス2番館 管理者
大学卒業後一般企業に入社。その後専門学校を経て介護の道へ。以降20年以上福祉の仕事に携わる。2019年現法人に入職。2023年より現職。生きがいを感じながら生活できる施設を目指し、ご利用者の皆さんと一緒に様々なことにチャレンジしています。






平井 康之 / 九州大学大学院 芸術工学研究院 教授、博士(芸術工学)
英国Royal College of Art修士課程修了(M.Phil RCA)。米国IDEOとコクヨを経て現職。インクルーシブデザインやソサエタルデザインの実践的研究に取り組む。著書に『インクルーシブデザイン』(学芸出版社)。独Red Dotやグッドデザイン賞など国内外でデザイン賞受賞多数。
※写真:川本 聖哉






中原 亜希子 / 株式会社プロデュース 代表取締役
1970年、山口県下関市出身。 短大卒業後、サービス業などを経て2000年に現会社を起業。北九州市八幡西区で認知症高齢者を対象にした介護施設を8事業所運営。現在はDE&Iを推進し「一人一人の違いを力にする組織」「0歳から100歳まで共に生きる会社・社会づくり」をビジョンに掲げ自走する組織づくりに日々挑戦中。


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